四人目

キーン、コーン、カーン、コーン。

長かった午前中もついに終わり、昼休みが始まる。僕は購買で今日の昼飯を買うためにK、Mと一緒に中庭へと向かった。しかし、中庭に辿り着いても、そこにいるはずの購買の姿はなかった。いや、いた形跡はあるのだが、肝心の人がいない。商品ももう並んでいないようだ。

「なんだ、今日は休みかあ?」
「休みなんてことはないだろ。もう売り切れたのかもしれないな。」
「ちくしょう、こんなことならもっと急いで来るんだったぜ。・・・くそ!どうすっかなあ。」
「・・・俺は誰かにたかりに行くとするか。じゃあな。」
「おい、待てよ・・・ちっ、つれない奴め。おいH、ちょっとついてこい!」
『はいはい・・・。』

Mはこうして周りを振り回すタイプの人間だ。要領のいいKは何か "よくないこと" が起こると察知して行ってしまったんだろう。となると、当然、残された僕がつきあう羽目になるわけで・・・。いつものことだ、と深く考えずにMについていっていたら、前の方にTがいることに気がついた。向こうもこっちに気がついたようだ。

「よお」
『やあ、久しぶり。ずいぶん重装備だね。』
「ああ、これから県大会があるからな。その荷物さ。」
『県大会?えーと、確か山岳部だったっけ?』
「そうそう。」

「H!そんなやつは放っておいてさっさと来いよ!」
「うるせえ、てめえにそんなやつ呼ばわりされる筋合いはないぜ。」
「ああ?」
『まあまあ、二人とも・・・。』

なんとか二人をなだめる。MとTは昔からあまり仲が良くないみたいだけど、何かあったのだろうか?二人を引き離したところでMが捨て台詞を残して一人で歩いていってしまったので、僕はTに別れの挨拶をしてMの後を追った。

『で、一体どこに行こうっていうの?この調子だと学校から出てしまうけど。』
「ああ、前にお前と行った・・・なんだっけ?なんとかっていう店にでも行こうぜ。」
『前に行った・・・?ああ、大戸や、とかいったっけ?』
「そうそう、大戸やだ。」
『結構距離あるし、徒歩だと時間がかかるよ。5限までに間に合わない。』
「どうせ5限は家庭科だし、サボっちまえ。あんなクソつまらねー授業なんて出てられねえよ。」
『ウーン、出席日数が大丈夫かな?まあ、まだ二学期が始まったばかりだから大丈夫だとは思うけど・・・。』
『えーと、あと残りの日数を2万日とするだろ。』
『で、家庭科は週に一時間だから・・・大体3000時間ってところかあ。ま、一時間くらいいいかな。』
「ブツブツ言ってないでさっさと行こうぜ。日が暮れちまう。」

『あのスタミナラーメンって看板さあ、妙にそそられるものない?でも、想像するにあまりうまくなさそうだからいつもスルーしちゃうんだよね。』
「自己完結するなよ。俺の発言する余地がねえじゃねえか。いつまでも見てないでさっさと来い!」

恥ずかしいことだが、僕は大戸やへの道を完全に忘れてしまっていた。そのため、こうしてさりげなくMに前に行かせ、道案内してもらおうという魂胆なのだ。しかし、道案内してもらうのはありがたいことなのだが、さっきからMは『道ではない』道を選びすぎだ。人の家の屋根とか、どういう神経をしていればこんな道を選択できるのだろうか。とか言いながら、僕もその後を追っているのだが・・・。

『あー、そういえばこんなルートだったなあ。だんだん思い出してきたぞ・・・うわっ!?』

僕はMと違って運動神経の優れている方ではない。屋根から屋根へ、なんてルートは本当は通りたくないのだ。その運動神経の鈍さが祟ったのか、屋根から滑り落ちてしまった。うまく落っこちたので特に怪我はないみたいだが・・・。当然ながら、Mの姿は見えない。

『しょうがない、ちょっと遠回りになるけど下の道を行くかあ。えーっと、Mは向こうの方に行ったからこっちの方を・・・』
「うわーーーーーーーーーーっ!?」

急に聞こえた叫びにビックリした次の瞬間、目の前にMが落っこちてきた。どうやら、Mも足を滑らせてしまったらしい。まったく、屋根の上なんて通らなければいいのに・・・。

「ちくしょう、いててて・・・。あれ、何でお前こんなところにいるんだ?」
『君より少し早く落っこちたからさ。それより大丈夫?』
「あー、ちょっと体が痛いが・・・。いてて、まあどうってことないだろ。行こうぜ。」

突然、気がつくと僕たちは学校にいた。しかし、さっきまでいた学校ではない。似てはいるのだが、何かが違う・・・ような気がする。

『ねえ・・・ここ、どこ?』
「俺も今それを聞こうとしたところだ。」

どうやら彼も僕と同じ違和感を感じているらしい。ちょうどここは廊下だったので、近くの教室を覗いてみる。

『今は授業中のようだね。』
「見ろよ、奴ら制服だぜ。やっぱりここはうちの学校とは違う。」
『本当だ。黒い学ランしかいないね。男子校なのかな?』
「かもな。まあ、そんなことはどうでもいいからさっさと出ようぜ。」
『・・・で、なんで教室のドアを開けているの?』
「そりゃあ中を突っ切った方が早いからさ。授業の邪魔になるだろ。さっさと行くぜ。」
『もう十二分に邪魔になってるよ・・・。あ、ゴメンナサイ。』

先生らしき人に睨まれてしまう。生徒たちもみんな僕たちの方を見ている。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、教室の窓から外へと抜けた。・・・どうも見たところ、雰囲気がどこか違うだけで、校舎の構造は僕たちの学校と何ら変わりはないようだった。まあ、学校なんてどこもそんなものなのかもしれないけど。


『・・・それにしても広い学校だな。うちもこんなに広かったっけ?ああ、やっと昇降口が見えたぜ。』
「別に昇降口から出る必要はないと思うけど・・・。変なところで律儀なんだなあ。」

Hの野郎に何か言おうと思ってそっちに顔を向けながら曲がり角を曲がった瞬間、真っ白な壁にぶつかった。いや、よく見ると壁ではなく人だ。白ランにロンゲの気にくわねータイプの男だ。背はむかつくくらい高い。ちくしょう、人を見下ろすな。俺の首も見上げっぱなしで痛くなるじゃねーか。ふと気が付くと、後ろには長髪、ロングスカートの女子もいる。こいつの女か何かか?まあ俺には関係ねーな。

『おっと、悪かったな。』
「・・・待て、お前、ここの生徒じゃないようだな。こんなところで何をしている?」
『アンタの白ランだってここの制服じゃないみたいだぜ。お互い様だろ?』
「お前のような不法侵入者と一緒にするな。この純白の制服は生徒会長のみが着られる特別なものだ。」

道理で、見ているだけでむかつく野郎だと思ったぜ。自分は特別なんだっていう自負心が嫌なくらい見えやがる。・・・Hの野郎はもう行ったらしいな。普段はとろいくせにこういう時の素早さだけは見上げたものがあるぜ。ちくしょう、俺一人なら何とかなるか?

「待て!」
『待つかよ!・・・なんだ!?』


『おっそいな~~~~~。』

なんかMがやばそうな人に捕まったのだけど、彼ならなんとかするだろうと思って隙を見て逃げてきたんだけど・・・いつまでも来る気配がない。もしかすると、今ごろ大変なことになっているのかもしれない。どうしよう、戻ろうか。でも僕が戻ったって何もできるわけじゃないしなあ・・・。そんなことを考えていたら、ようやくMが来た。

『遅かったね。』
「ああ、真っ白な犬に噛みつかれちまってな。ちくしょう、服がボロボロだ。財布でももらってくるんだったぜ。」
『M、それは犯罪だよ・・・。』
「冗談だ。」
『・・・だといいけどね。で、その犬とやらはどうしたの?』
「あまりにキャンキャンうるせーから、一発で黙らせてやったぜ。・・・と言いたいところだが、それがすげーガタイのいい犬でなあ。無理してやっつけても何もいいことねーし、ひたすら逃げ回ってきたよ。」
『君にしては珍しいね。道理で時間がかかったと思った。』
「ああ、向こうは犬に加えて黒猫の二人・・・いや二匹だったからな。ちくしょう、今度会った時は覚えていやがれ。」
『犬は記憶力がいいらしいから、向こうも覚えているだろうね。猫はどうだったっけな・・・。』
「ん、お前らこんなところで何してるんだ?」
『先生?先生こそなぜここに?』
「ああ、ちょっと仕事でな。おいこらMッ、こっそりと逃げようとするんじゃない!」
「イテテテテッ、怪我人はもっと丁重に扱ってくださいよお。」
「なーにが怪我人だ。明日はちゃんと学校に出るんだぞ。ほら、さっさと帰れ!」
「言われなくてもそうしますよっ!おいH、行くぞ!!」
『はいはい・・・。あ、先生、さようなら。』
「気をつけて帰るんだぞ。」

よくよく考えてみれば、僕たちはまだ昼飯を食べていなかったので、あまりうまくないラーメンを食べて学校に帰った。まあ、もう授業なんてとっくに終わっていたのだけど。荷物を手に学校を出た僕は、明日はどんなことが起こるのかな、と考えながら家路についた。

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