三人目

「今日さ、こんなことがあったんだよ。聞いてくれる?夜中、何時ごろかはよくわからないんだけどさ、突然目が覚めたんだよ。あ、昨日って言った方がわかりやすいかな?まあいいか、話を続けるよ。でね、目が覚めたんだけど、何かがおかしいんだ。うーん、なんていうか、空気がすごく重苦しいの。今にも押しつぶされそうな感じ。で、誰かが足元に立っている気配がするんだ。いや、気配っていうより確信に近かったな。そこに誰かが『いる』の。でね、多分、僕の方を見ていたんじゃないかな。そのことに気がついた時は本当にぞッとしたよ。じゃあそこにいるのは一体誰なんだって?落ち着けよ。僕は最初は息を潜めて『そいつ』がいなくなるのを待っていたんだけどさ、『そいつ』はずっと、じいっと、一言もしゃべらずにそこにいるんだ。で、僕は緊張して焦っていたのか、こうなったら『そいつ』が誰なのか見てやろうって思ったんだ。決死の覚悟で。でね、僕は息を整えてからバッと上半身を起こしたんだよ。いや、正確には起こした『つもり』だった。なんでそんな言い方をするのかっていうと、実際には僕の体はピクリとも動いていなかったんだ。一瞬混乱したけど、すぐに理解したね。これが噂にきく『金縛り』ってやつなんだと。ほら、僕って霊感とか全然ないからさ、そういう体験って一回もしたことないんだよ。でもさ、『自分は体を動かしたつもりなのに実際には全く動いていない』っていうのは金縛りに他ならないじゃん。だから納得したの。ああ、これは金縛りなんだな、って。まあおかげでちょっと冷静になれたんだけどさ、すぐに気づいたんだ。状況は全く好転していないってことに。だってさ、『そいつ』はさっきと変わらずに足元にいるんだよ?しかも僕は指一本動かせないときてる。その点ではむしろ状況は悪化しているといってもいいよね。で、冷静になればなるほどやっぱり怖いわけよ。『そいつ』にわずかでも何らかの『悪意』があれば、僕には抗う術はないんだから。でもさ、『そいつ』は相変わらず何もしないわけよ。もう僕はどんどん怖くなってきてね、早くこの状態が終わることだけを願っていたんだ。それがどういう結末であろうともね。で、この後の展開を期待している君には悪いんだけど、この話はここでおしまい。いやね、実はここから先の記憶が全くないんだ。僕自身にも全くわからないってわけ。実を言うと、この出来事が現実だったのか、はたまた夢だったのかもよくわからないんだ。でも、あの感覚だけは今でもはっきりと覚えているよ。うーん、なんていえばいいかなあ。一言でいえば『無音』なんだ。ほら、普通はさ、車の走る音、冷蔵庫のモーターの音、虫の声、ざっと考えても色々な雑音があるじゃん。それらが『一切』聴こえないんだ。いやあ、本当に怖かったよ。あんな体験は二度とごめんだね。え、その出来事は現実と夢のどっちだと思っているかって?そんなの決まっているじゃないか。例えこれが夢だったとしても、『僕がこんな夢を見た』ということは現実の出来事だよ。」