十五人目

真っ暗な部屋で目を覚ました。だがそこはいつもの部屋のいつもの布団の中ではなく、リビングのテーブルの下だった。なぜこんなところに?いくら考えてもわからないので、仕方がないと体を起こしたその時、洗面所へと続くドアの向こうに誰かがいることがわかった。・・・誰だろう?洗面所もこの部屋と同じように真っ暗だ。そこに誰かがいるのであれば、電気がついているはずなのに ─── そこまで考えたとき、一つの感覚が襲ってきた。

戦慄!ドアの向こうにいる奴は、明らかに僕に殺意を向けている!!

相手の姿こそ見えないが、その眼光はしっかりと僕の姿を捉えているのがわかった。心臓を鷲づかみにされたような感覚が広がっていく。だが、同時に疑問も湧き上がる。ドアの向こうにいるのは誰で、どうして僕に敵意を向けてくる?ついさっきまで完璧といっていいほど無防備だったのに、なぜ襲ってこなかったのか?果たして、僕はこの状況を打破することができるのだろうか?そんなことを考えても答えは出てこない。それよりも今、僕にできることは ───

僕は叫んだ。声にはならなかった。

十二人目

今日のご飯はゴムだった。赤やら青やら黄色やらに着色された、卓球ボールより少し大きいゴム。僕はこのゴムというやつが大嫌いだ。いくら噛んでも終わりのない弾力、するのかしないのかよくわからない味、鼻をつく匂い・・・。目の前に並べられたゴムをじっと見ていたら、食欲はいつの間にやら失せ、代わりに吐き気を感じた。席を立つ。

僕はうがいをすることにした。洗面台へ行き、水を口に含む。すると、口の中の汚れやら何やらが固形化される。感触は泥のようで気持ち悪い。水と一緒に吐き出すと、口の中に残ったものを指でかき出す。口の中から出てきたそれは綺麗な水色をしていた。もう一度水を口に含みながら、海の色が青いのと関係があるのだろうか・・・と思った。

十一人目

頭上に光源を感じるが、それを確認することは叶わない─

真っ白なシーツを頭から足の先まで被り、手には灯りを燈した蝋燭を立てた蜀台、頭を垂らし、足を滑らせるように歩き、"Another Brick In The Wall (Part 2)" を斉唱する。それがいつから続いており、そしていつまで続くのかはわからない。まるで周りの景色のように頭の中にも霧がかかり、僕たちは疑うことを知らず、歩き、歌い続ける。

「走れ!」突然、誰かの声が響いた気がした。ハッとして顔をあげると、僕はシーツを脱ぎ、持っていた蜀台を放り投げ、一目散に走り出した。しかし、周りにいる皆はたった今までの僕と同じように、歩き、歌い続けていた。誰も僕を止める者はいなかった。

どこへ向かえばいいのかわからなかったが、何者かに導かれるかのように走りつづけた。ふと気が付くと、僕は今までと全く違う景色の前に立っていた。壁の代わりにアーチで覆われていた回廊は、気味の悪い立体的な縞模様の壁に包まれた通路 ─まるでチューブの中にいるような─ となり、上り階段 (所によりエスカレーター) が見えなくなるまで続いていた。人の影は一つもなく、合唱の声もとうに聴こえなくなっていた。

意を決して通路の中を進んでいくと、端々に倒れた子供の姿が見られるようになってきた。ここまでは何とか来られたが、ついに力尽きてしまったのだろうか。中には全裸の子供や (あるいは僕もそうなのかもしれない)、兄弟なのか親友なのか、二人抱き合って眠るように倒れている子供もいた。僕もこうなってしまうのだろうか?内心恐れを抱きつつも、ただひたすら階段を登りつづけた。

すると、突然、明るく開けた部屋に出た。そこには、僕より先に辿りついたのだろうか、子供が10人いた。彼らは僕の方を見ると、訝しそうに眉を潜め、ぼそぼそと話し合った。その様子をよく見ていると、どうやら彼らは二人ずつのペアになっているようだった。話し合いが終わると、彼らは口でこそ何も言わなかったものの、目で僕のことを非難した。僕は居た堪れなくなり、その場を後にすることにした。結局のところ、僕にはここにいる資格がなかったのだ。

ただ一度だけ振り返ると、彼らが大人たちに連れられて奥の部屋へと入っていくところが見えた。そして、彼らの中で一人だけ、同じようにこちらを振り返った子供と目が合った。お前たち、お願いだから、僕のようにはなるんじゃないぜ。

─辺りは深い霧に包まれていた。

十人目

ようやく外が明るくなりつつある時間、僕はひとり学校の校庭を歩いていた。今日は体育祭。運動神経の鈍い僕には苦痛なイベントだし、あーいうノリも苦手なので、この際サボってしまおうかと考えたが、今年で最後なので参加するのも悪くないだろう、と思い直したのだ。しかし、僕が学校に着いたのはやや遅刻気味な時間帯で、校庭では体育着を来た多くの生徒が準備に追われていた。僕も体育着に着替えるために、まずは教室へと向かった。

教室へ向かう途中、R や Y、A といった面々が走って僕を追い抜かしていった。僕は教室にたどり着くと、ドアを開けようとした。ガタン。そう音がして少し開いたかと思うと、次の瞬間、ドアは押しても引いてもびくともしなくなった。それでも何とかして開けようとしていると、中から Y の声が聞こえた。「そのドアは開かないぜ。」開かないのなら仕方がない、別のドアを使おう。ちょうどすぐ脇に A の立っている半開きのドアがあったので、そこから入ることにした。しかし、ドアを開けて中に入ってみると、教室内は机がまるで掃除中のように整理されていたので、僕の机にたどり着くにはこの入り口からでは大変なことがわかった。しょうがない、前の方の入り口から入ろう、と思い一度教室から出ようとすると、後ろから声がかけられた。「おい。」僕は振り返って声のした方を見た。R だ。表情を見ると、何やら怒っているらしい。どうやら僕がドアを開けた拍子に、何かのチェーンが彼に引っかかり、ずいぶんと痛い思いをしたようだった。ごめん、と僕は謝ったが、彼はそれでは気が済まなかったらしく、自分に起こったことを僕にしてみせた。なるほど、これは確かに痛かった。彼が怒るのも無理はなかった。

彼の気もそれで済んだようなので、僕は改めて前の方の入り口から教室へと入った。僕の机の位置を確認し、一直線にそちらへと向かった。すると突然、後ろでカサカサという物音が聞こえた。なんだろう?と振り返ると、そこにはロブスターのような形の、しかしその色は赤ではなく、おどろおどろしい黒地に黄色の縞模様の『何か』がいた。大きさもかなりある。そいつはカサカサと物音を立てながら、その大きさからは想像できないほど機敏な動きをみせていた。僕はびっくりして、うわっ、と少し声を出すと、近くにいた K がそれに気づいてこちらへと近づいてきた。「どうしたんだあ~?」僕は、そこに何かがいる!と伝えた。彼はそいつを確認し、次ににやりと笑ってみせると、そいつを親指と人差し指でつまみあげた。嫌な予感がする。次の瞬間、彼は僕に向かってそいつを投げつけた。僕は咄嗟に後ろに飛びのいたが、この狭い場所では逃げきれず、足にぶつかった感触が伝わる!すると、そいつは突然投げられて怒ったのか、僕の足の上をカサカサと這い回り・・・あああああ!

八人目

突然、歯がボロボロと抜け落ちた。僕は慌てて落ちた歯を拾い集めた。24本くらいあるだろうか。なくさないように両手で強く握り締める。

病院へ行かなければ。